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漁船の上でヤリイカにかぶりつく


早朝、漁師からの電話で目を覚ます。
「○※△☆#%@&、市場きてくれんか〜」

寝ぼけているせいかほとんど聞き取れない。急いで着替えて家を飛びだすと突き刺すような朝の空気で一気に目が覚める。

市場ではちょうど水揚げしたサバの選別作業中。どうやらサバが大漁にあがったから作業を手伝ってほしいということだったようだ。選別と2回目の水揚げを手伝うと、帰り際ざるいっぱいのサバをもらった。僕のカブスだ。

「ありがとうございます!」

お礼を言うと荒々しい浜言葉が返ってくる。

「%@&□※△☆☆#%」

聞き取れないのは寝ぼけていたからではなかったようだ。

 

氷見に移住しておよそ9ヶ月が経った冬の日常である。日々繰り返される海での営みを目の当たりにしながら東京での暮らしを思い出す。居酒屋やスーパーで商品の向こう側にこんな漁師の姿を見たことはない。関心ごとといえば味と値段のバランスだった。

僕は会社員の父と専業主婦の母のもとに生まれ、人生のほとんどを都市部で過ごしてきた。自然といえば団地の砂場で作った泥だんごくらいのもので、岩場にへばりついたフジツボを取ったことも磯で逃げるカニを追いかけたこともない。都市経済の繁栄による都市部への人口移動ののちにそこで生産された僕らのような人々にとって漁業とは身近なものではなく、その存在すらほとんど認識できないものなのだ。

そんな僕がどういうわけか大学で漁業を専攻し、氷見で生活することになった。すぐ近くに「漁業」がある暮らしは刺激的だ。漁師はまだ人が寝静まっている夜明け前から船を出し、網を揚げる。獲れた魚は自分たちのカブスを除いて全量を市場に出荷する。流通における漁師の役割はここまでだ。漁村では昔も今も変わらず、都市住民が自分たちで生産することのできない水産資源を供給している。

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市場から戻る船の上で朝日を見ながらぼんやり考えることがある。それは漁師からもまた魚を買って食べる都市住民の姿は見えないということだ。漁村と都市、生産者と消費者の関係は何か大きくて得体の知れない「壁」によって断ち割られているように思えた。

そんなことを考えていると決まって頭をひっぱたかれる。ひっぱたいた漁師は船尾にあるストーブを指差してひとこと言い捨てる。

「イカ食べられ。」

僕はまだ浜の言葉に慣れていない。

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近年は全国各地に農漁村と都市部の交流人口を増やそうという取り組みが散見する。グリーンツーリズムやブルーツーリズム、体験型の都市農漁村交流事業などだ。氷見では昨年4月に漁業交流館魚々座がオープンした。ここを拠点に様々なかたちの交流が生まれ始めており、今後ますます増えていくだろう。

かくいう僕も地域おこし協力隊では「都市農村交流ソーシャルプロデューサー」という早口言葉のような役目を仰せつかっている。その名の通り、漁村と都市の関係づくりどのようにしていくか考え実行していくことが使命だ。やはり「壁」とはどこかで向き合わなければならなさそうだ。

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僕は魚が好きだ。漁で網からあがってくる多種多様な魚にワクワクする。魚屋で出会う見たことない魚にもワクワクする。旅先で知るその土地ならではの魚料理やそれにまつわる独特の文化にワクワクする。

魚を獲る漁業がこれからも持続的に続いてほしいし守っていかなければならないと思う。

漁業は「斜陽」や「危機」といった言葉とセットで使われることが多い。過疎高齢化による担い手不足や低い所得水準、消費者の魚離れ、和食文化の衰退など漁業に負の影響を与えるコトはあげれば枚挙に暇がない。最近はSNS等のメディアで漁業の問題について書かれている記事を見かけることが多くなった。中には危険なものも多い「○○すれば日本の漁業はよくなる。」あるいは「▲▲が日本の漁業をダメにしている。」といったものだ。非常に単純なロジックで構成されており分かりやすい。そのせいか漁業と縁遠い都市住民から多くの共感を得ており、急速に拡散されている。こうしたメディアを通して漁業を身近な問題として認識できるようになること自体は素晴らしいのだが、やっかいなのはその中身だ。事実に基づいていないものもあれば、短絡的に既存のプレーヤーを悪に仕立て上げているものもある。そんなに単純な話じゃない。こうした情報の拡散は、結果として最前線で水産業を支える人たちを苦しめることになる。

漁業を含む水産業は一朝一夕に解決できない問題が山積している。しかもそれが複合的に作用しているからやっかいだ。環境とそれを取り巻く問題をできるだけ正しく理解し、かつ現場にあるひとつひとつの問題に真摯に向き合って地道に活動していくことしかできない。


 

webマガジン「カブス」の中で僕は大学院での研究と氷見での暮らしの中で見てきた、あるいはこれから見る事実から現状の問題点をできるだけ丁寧に分析したい。目標は2つある。1つこれまで漁業と縁遠かった人たちが少しでも興味を持つきっかけになり、その人たちと一緒に水産業に対する理解を深めていくこと、もう1つは文章化して整理することで自分自身の活動の軌道修正を図っていくということだ。

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これからもずっと漁業がワクワクするものであってほしい。それに少しでも貢献できる可能性があるならと恥を承知で拙筆をとることにした。船の上で次は何を書こうか頭をめぐらせながらヤリイカにかぶりつく時間は至福だ。ひっぱたかれるのも悪くはない。

(続く)