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《そらあみ》で紡がれた氷見の物語 -後編-


空に掲げられ、風に揺られる、5色で編まれた網。これが氷見の《そらあみ》。
《そらあみ》は、住民の方々とともに漁網を編むことで、人をつなぎ、記憶をつなぎ、完成した網越しに土地の風景をとらえ直すアートプロジェクトです。

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このプロジェクトを全国各地で展開しているのは、アーティストの五十嵐靖晃さん。

この記事では、2014年に氷見ではじまり、現在も市民の手によって編み続けられている《そらあみ −氷見−》について、ヒミング側からの視点で、プロジェクト伴奏者のひとりとして前編・後編に分けて紹介していきます。

 

前編 :《そらあみ -氷見-》のはじまり

後編 :「みんなで編む」ことから生まれた場 《そらあみ》から見えた氷見

「みんなで編む」ということ

2015年2月14日。《そらあみ》をみんなで編む期間が始まりました。この日は大勢の参加者が集まり、会場となったヒミングアートセンターは満員御礼!網製造をおこなう日東製網から技術指導としてゲストを招いたり、現役漁師さんが覗きにきてくれたりと、とても賑やかしいスタートとなりました。

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編みはじめてからの日々は、お昼頃になると誰かしらやってきて、網は順調に大きくなっていきました。日々の詳細な出来事については五十嵐さん自身が丁寧に記録しているので、ウェブにてぜひご覧ください!(ウェブはこちらから→http://blog.igayasu.com
子どもからおとなまで、主婦から漁師まで、人が人を呼び、出会わせた人同士で網を編みながら、今日の漁獲高やかつての氷見ばなしに盛り上がる。漁に関わる仕事をしていない人でも、「昔、ばあちゃんが編んどったの見てたわ~」「糸をくるくる巻いていくのが私の仕事だったのよね」と、暮らしにとても身近なかたちで網があることを実感させてくれることもありました。若手漁師さんと高校の元・先生とが卒業以来の再会をして、見ているこちらが嬉しくなる出来事もありました。氷見での《そらあみ》は、さまざまな世代、立場、考えかたの人たちをじわりじわりとつなぐコミュニケーションの入口として面白さを感じさせてくれるものでした。

そのうち常連さんができ、飴を持ってきたり、糸を巻いてくれたり、間違っている箇所はないかチェックしたり、なんとなく各々の役割が生まれたりして、編み場はより豊かなものに。漁網を編んでいくことと同時に、さまざまな人との関係性も編み上げていったのです。
ふたを開けてみると、約一ヶ月の期間中に、なんと延べ331名もの人が参加してくれていました。用意していた糸はあっという間に網へと姿を変え、予備もきれいに使いきり、当初想定していた2倍の大きさの《そらあみ》が仕上がったのです。この状況には、五十嵐さんも、ヒミングスタッフも、編みに来てくれた方々も驚きと、大爆笑。「どんだけ暇だったんだって話だよ(笑)」と可笑しく言う常連メンバーの表情はどこか誇らしげに見えました。

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《そらあみ》から見えた氷見

2015年3月15日。《そらあみ》のお披露目は、数日前に吹雪いていたとは思えないほど、爽やかな空が迎えてくれました。青空と富山湾をバックに掲げられた《そらあみ》は、本当に美しい光景でした。海側から吹いてくる「あいの風(北東に吹く風のこと)」に揺られ、時には水色が空に溶け込んだり、緑色が阿尾城跡と重なって濃くなったり、ゆらゆらと表情を変えるたび、編んできた日々を思い起こさせてくれました。

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じつは《そらあみ》が始動しはじめた頃、厳しい言葉をいただくことがありました。
漁についていくということは、決して気軽なことではないということ。船頭にとっては命を預かることであり、その人にとっては生死に関わるということ。アートというけれど、そういう自覚と覚悟はちゃんとあるのか、と。
それは、氷見の人にとって「海へ出る」ということの尊さに触れた瞬間でした。漁師という職業は、海に出れば常に危険と隣り合わせであり、魚を獲ることを通じて雄大な自然を見つめている。自らの手で網を手繰り、受け継いできた先人の技術や知恵を生かし、目の前に広がる海とともに生きてきた。
あのときの「喝」は、かけがえのない学びでした。振り返ってみてもまだまだ未熟で至らぬことだらけだったにも関わらず、彼らは真摯に耳を傾けてくれました。自然の厳しさや礼儀、受け取る恩恵の価値を知っているからこそ、違うと思えば私たちを叱り、ときに豪快に笑い、懐の深さと優しさをもって向き合ってくれたのではないかと思います。

風になびく《そらあみ》越しに風景を眺めていると、氷見が培ってきた海の歴史、それを支えてきた人びとの誇らしさを感じる理由。それはきっと、氷見の《そらあみ》のプロセスに、さまざまな人びとの、厳しさも優しさも、それぞれの想いを汲みとりながら、編みあげられたからなのだと思います。少しぶっきらぼうな言葉の中にもある温かさに、本当に深く支えられたプロジェクトになりました。《そらあみ》を見上げ、関わった人と言葉を交わして過ごしていると、氷見という土地に少し近づけたような気がして、嬉しさがこみ上げた時間でした。


さいごに

《そらあみ》は、現在も魚々座にて編まれ続け、同時にゆるやかなコミュニティが醸成され続けています。それを支えるのは、愉快で心強いあの常連メンバー。五十嵐さんが氷見を訪れるときに、常連メンバーが氷見での気づきや出来事を話し、五十嵐さんは違う土地で展開しているプロジェクトについて話をする。「じゃあ氷見ではこうしてみよう!」と、次の展開をみんなで描いていくことがはじまっていきます。いまは週2回の頻度で集まって、魚々座の来場者に編み方を教えたり、糸の色褪せ具合を見て網の掛け替えを自主的におこなったり、とても頼もしく嬉しい状況が生まれています。

《そらあみ》は全国各地、さまざまな場所で展開しているプロジェクトですが、一年を通して編んでいるのは氷見だけで、五十嵐さんにとっても、私たちにとっても未知のステージ。やりとりを重ねながら、たまに悩みながらも互いのつながりを深め、《そらあみ》も私たちも成長していきたいと思います。

400年もの網の歴史をもつ氷見で紡がれた《そらあみ》の物語は、まだまだ続いていく。氷見の《そらあみ》は、ゆっくりと丁寧に、「自分たちの網」になっていきそうです。この記事を読んだ誰かが、いつか編み手になって、より豊かな物語を紡いでいくことにつながれば、こんなに嬉しいことはありません。再び、氷見の空に《そらあみ》が掲げられる日を楽しみに。