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寒ぶりの季節に…


 a.m.3:30

 

暗く静まり返った薮田漁港。途中のコンビニで買ったコーヒーで悴んだ手を温めていると、海の方向を見ていた船頭さんがつぶやく。

 

「ちいと高いのお。」

 

定置網は天候や潮流次第では操業できない。この日は北東の風で波が高く出港することはできなかった。

 

どういうわけか僕が来ると海が時化る。この日で4回連続だった。

 

番屋では集まった乗組員から「おまんが来るとダメやわ。」と冗談ぽく笑われた。

 

居心地の悪さから薄笑いを浮かべていると、背筋が硬直するような視線を感じた。最年長の功さんだ。

 

「手あわせてこんか。」

 

口調は穏やかだが、下品に笑いながら下ネタを言っているときのそれとは明らかに違っていた。

 

帰り道、僕は垂姫神社に向かった。

 

 

氷見に来て初めての冬が来た。朝布団から出られないのは東京にいた頃と変わらないが、やはり何かと勝手の違いに戸惑う。

 

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僕はこれまで氷見の海にいろんな「恵み」をもらってきた。春には一生分くらいのコノシロであらゆる調理法を試した。初めて海越しに立山連邦が見えたときは心が震えた。夏には素潜りデビューをして海底を楽しんだ。秋にはいわゆる「夏枯れ」も終わり、定置網で水揚げされる雑多な魚たちに心が躍った。冬になった今もそれは変わらないが、ここにきて僕の中では海のもう一つの顔が強調されている。

 

怖い。

 

岩場にぶつかって割れる波が怖い。船上から見下ろす真っ黒な海面が怖い。海から突き刺さる矢のような風が怖い。

 

寒さがそう思わせるのか、中途半端な「慣れ」を持ってしまった自分への戒めなのか。よく分からないが最近それを強く感じる。

 

漁師はどうしているんだろうか。克服したのか、もう感じないのか、それとも今も感じているのか。

いずれにしても今日も真っ暗な海で魚を獲り続けている。そして下ネタで下品に笑っている。超かっこいい。

 

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魚々座でブリコレ2016が開催中だ。僕も少しだけ手伝わせてもらったが、氷見の人のブリ熱には圧倒される。この感覚は、夏にやたらと昆布締めを食べさせられたときにも持った。昆布締め自体東京でも珍しいものではないのだが氷見の昆布締めは違う。鮮度ももちろんそうなのだろうが、何より氷見の人たちが醸す空気だ。すすめる人の自信に満ち溢れて、それでいて屈託のない笑顔にこちらは圧倒されてしまう。そりゃあうまいって。

 

ブリも同じだ。僕はブランド化という言葉自体には懐疑的だが、ブリの話をしている氷見の人たちを見ると妙に納得してしまう。ひみ寒ぶりが今の評価を得ているのはブリの品質とあわせて氷見の人たちの自信と愛情によるものも大きいのではないだろうか。

 

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さて、そんなブリが記録的な不漁である。氷見に来てはじめての「ひみ寒ぶり宣言」はどうやらおあずけのようだ。

しかしブリが獲れなくてもまちの話題はブリばかりだ。魚々座でぼーっとしてても、夜酒を飲んでいてもブリの話が聞こえてくる。

 

「今年は暖冬だからダメだあ。」

「バチがあたったんだ。」

「ブリばかりに頼ってもいられない。」

「水温が…。」

「中国が…。」

「北海道が…。」

 

皆、豊漁を祈って思い思いの話をしている。やはりブリは地域にしっかりと根をはっている。

 

感心ばかりしていてもしょうがないので、少しだけ科学の話をしたい。


 

「なぜブリは獲れないの?」という問いに対し答えを出すわけでも、仮説を唱えるわけでもない。僕にはそんなことできないし、そもそも漁業における科学はまだまだ不確実なものだ。それでも現在進んでいる研究者たちの話を少しだけ紹介したい。これを読んで今日のブリ談義がもう少し盛り上がればいい。

 

資源水準は「高位」、動向は「増加」

まず大きなポイントを紹介する。水産総合研究センターの平成27年度資源評価(ダイジェスト版)によれば、ブリの資源水準は「高位」である。これは漁獲努力量が比較的安定している定置網の漁獲量を資源量の指標値としており、2014年の漁獲量は高位水準の目安である3.6万トンを超える4.8万トンであったことから判断されている。同資源評価では資源動向についても「増加」と判断している。

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これに基づくのなら、ブリは「いない」のではなく、「氷見に来遊しなかった」と考えられる。

 

ブリはどこを泳いでいるのか

では来遊しなかったのはどんな原因が考えられるだろうか。ブリの生態をみてみよう。

 

流れ藻につく稚魚は3〜4月に薩南海域に出現する。東シナ海・日本海では2歳で尾叉長74.9cm、体重6.94kgに成長する。寿命は7歳程度だ。

 

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幼魚から成魚は九州沿岸から北日本沿岸に幅広く分布する。

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回遊は非常に複雑だ。東シナ海・日本海での回遊を見てみたい。渡辺ら(2010)はアーカイバルタグ(標識)を用いた放流から移動範囲や回遊様式を年齢別に区分別した。渡辺らによれば能登半島以北の未成魚は1歳および2歳の冬季は能登半島以北で越冬する。2歳までは各地の沿岸で小規模な回遊を行いながら3歳の南下期まで成長するようである。

 

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3歳になると成魚は南下期に産卵のための回遊を始める。以西と以北の生育海域が重なるのはこのときがはじめてだ。氷見は南下回遊の通り道である。

 

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4歳では幾つかのパターンで大規模な回遊をする。北海道沿岸と東シナ海を往復する北部往復型、能登半島以西の日本海と東シナ海を往復する中・西部往復型、朝鮮東岸往復型がある。大型の「ひみ寒ぶり」は北部往復型だと考えられる。

 

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奥野ら(2010)では、同じくアーカイバルタグを用いた調査で遊泳水深と環境水温を解析している。ここでは分布環境として、1,2歳魚が10℃、3歳以上で9℃が指標となる可能性を見出している。また、越冬期における水温分布の変化が年代による分布環境の変化の要因となる可能性を示唆している。

漁獲方法はまき網、定置網が中心である。1950年代は定置網が7割以上を占めていたが、近年ではまき網の割合が増加している。富山県ではほとんどが定置網だ。

 

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ブリに関する漁獲統計はブリ類として集計されている。これはヒラマサ、カンパチも含まれるが多くはブリと考えられる。漁獲量は近年増加傾向にあり、韓国での漁獲も高位で安定している。

 

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久野(2004)は、ブリ資源の長期変動に気候のレジームシフトが影響すると報告している。大気、海洋、海洋生態系の数十年スケールの転換のことを指す。レジームシフトとはマイワシの資源変動でご存知の方もいるかもしれない。久野によれば富山県の定置網による漁獲は温暖レジームで好漁、寒冷レジームで不漁になるようである。20年以上にわたる温暖レジームから寒冷レジームに転換すれば、富山県のブリ資源にとって負の影響を与える可能性もある。

 

まとめると、

 

■資源水準は「高位」、動向は「増加」

■分布・回遊は複雑。ルートや分布は水温の影響を受ける可能性

■漁獲はまき網と定置網が中心、富山県は定置中心

■全国でみれば漁獲量は増加傾向

■今後レジームシフトの影響を受ける可能性も

 

こんなところだろうか。

余談だが、この記事を執筆中に大学のS先生から電話があった。相談してみると富山湾から佐渡沖にある暖水塊の影響では?と言っていた。暖水塊とは周囲よりも暖かい海水の渦のことである。興味深いので紹介したかったが、海況を読むことができないという重大な欠点に気づいたので今回は省略した。機会があればまた紹介したい。

 

長くなったのでこの辺でおしまい。


 

いい歳をして恥ずかしいが、僕はあいかわらず「地域おこし」というモヤモヤしたものの中で、その先にあるゴールなのかスタートなのかも分からないところに向かって進んだり立ち止まったりしている。

 

寒さをこらえて下を向いて歩いていても、土から這い出てくる虫の気配は感じられない。冬はもう少し続きそうだ。

(続く)


 

《参考文献》
水産総合研究センター(2015)「平成27年度資源評価票(ダイジェスト版)」
久野正博(2004) 「ブリ資源の長期変動特性と気候のレジームシフト」
渡辺 健,井野慎吾,前田英章,奥野充一(2010)「1日本海における成長段階別の回遊様式の把握  ⑵年齢・海域別回遊群ごとの個体数比率の把握」
奥野充一,渡辺 健,井野慎吾,前田英章(2010)「1日本海における成長段階別の回遊様式の把握  ⑴年齢別の分布・回遊様式の把握 2日本海の回遊群ごとの遊泳水深と環境水温」