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僕が魚を食べる理由


 

「氷見の魚を輸出するビジネスを始めないか?」

 

3ヶ月ほど前にとある懇親会で別の地域で水産物の輸出ビジネスに関わっている方から声をかけられた。経験とノウハウがあり氷見でも同じようなことをやるなら協力していただけるという話だった。その方はこうも付け加えた。

 

「疲弊している地方の水産業を建て直すためにも国内よりも高く買ってくれる海外に活路を求めるべきだ。」

 

余っている水産物を輸出して外貨を稼げば地方にとって大きな力になる。

 

なるほど確かにその通りだ。

 

しかし僕の頭には違う言葉が浮かんでいた。

 

「本当にそうだろうか?」

 

 

 

韓国の輸入禁止

 

もう4年以上も前になる。宮城県石巻市にある牡鹿半島の東側にはホヤの養殖を営む小さな集落が点在していたが、東日本大震災の大津波により養殖施設も漁協も集落も壊滅的な被害を受けた。震災のおよそ2週間後に見たその光景は生涯忘れることはできない。漁業などとても考えられるような状況ではなかったが、しばらくすると再開を目指して動き出す漁師が少しずつ増えてきた。しかしゼロから養殖施設を作り上げるには膨大な労力が要る。残った漁業者とその家族だけではシーズン中の再開には間に合わないという状況だった。当時漁業者とボランティアのマッチングを担当していた僕は漁業者との話し合いを重ね、ホヤ養殖の再開を目指す漁業者に対して大人数のボランティアを派遣することを決めた。

 

漁業者の努力と多くのボランティアの協力によりなんとかホヤ養殖は再開し、みな3年後の収穫を心待ちにしていた。

 

ところがしばらくして困ったことが起こる。2013年9月に韓国が福島第一原発の汚染水漏れを理由として宮城県を含む8県で生産されたすべての水産物の輸入を禁止したのだ。実は震災前、宮城県の養殖ホヤは生産量の7〜8割程度が韓国へ輸出されていた。もともとは東北地方を中心に消費されていたホヤだったが、ある時期からホヤ食文化のある韓国が東北産ホヤを輸入するようになった。国内向けは4年育てて大きくしたものを出荷していたが、韓国は3年ものを大量に高値で買ってくれるため、漁業者にとっては非常にメリットのある話だった。震災前までホヤの養殖業者は増加し全体の生産量も大きく増大した。震災後も韓国への輸出を想定して生産していたため、この規制強化がホヤ養殖業者にとって大打撃であることは容易に想像できる。

 

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2016年2月現在、この輸入禁止は解除されていない。種付から収穫までに3〜4年という期間を要するホヤ養殖はこのような事態にすぐに対応できず、今年以降は収穫量が大きく増加する。そうした中で韓国へ輸出できない状況はすなわち価格の大暴落を意味する。

 


 

北海道産のアキサケでは中国で1次加工をしてアメリカに持っていくという手法で輸出が拡大した。価格も上昇して生産者は儲かった。しかし価格が上昇したことで地元の加工業者が原料として仕入れることができずに多くが廃業か業種転換を狭られた。生産者にとっては順調な輸出だったが、より安価なアラスカ産シロザケとの競合や中国での加工への不信感など不安材料も多い。輸出市場が維持できなくなった場合、国内市場はすでに縮小しており戻る場所はないのだ。

 

輸出は不安定である。国際情勢や相手国の政治状況、経済事情、為替レート…、様々なものの影響を受けるだけでなく、国内の産業構造そのものを変えてしまうリスクも背負っているのだ。

 

 

魚は余っているのか

 

 

農林水産省の食料需給表によれば平成26年度の魚介類の自給率は54%である。魚離れが叫ばれ水産物の需要が減少する中でのこの数字をどう捉えるだろうか。僕は「足りない」と評価する。

日本の国土面積は世界で62番目である。これがEEZ(排他的経済水域)の面積では世界で6番目になる。子供のころ童謡で歌ったように日本の海は広い。この広い海から水産資源を供給できることはまちがいなく日本の強みだ。南北に長い海岸線では風土や季節によって多種多様な魚食文化が育まれてきた。

 

某回転寿司チェーンの調査によれば20代女性の好きな寿司ネタぶっちぎりの1位はサーモンだという。回転寿司のサーモンは多くがトラウトである。

また、スーパーに行けばこの氷見でもタイセイヨウサバ(ノルウェーサバ)とチリギン(チリ産ギンザケ)が魚売り場を席巻している。

 

資源の少ない日本にとって、水産物は自給することのできる貴重なタンパク源である。このグローバルな時代にと思うかもしれないが、吉野家から牛丼が消えたのを覚えている人も多いだろう。不安定な国際市場に食料供給を委ねるよりも自国の食料は一定の割合を自国でまかなうのが望ましいのは言うまでもない。

タイセイヨウサバにもチリギンにもそれを食べる人たちにも罪はない。しかし、だったら捨てられている日本の魚をもっと有効に活用すればいいと思うのは僕だけだろうか?

ナショナリズムの話をしているのではない。長い目で見たときに日本の魚を食べる文化がもっと根付くことが食料安全保障の点においても、魚食文化という視点においても日本の漁業を豊かにすると確信しているのだ。

 

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最初の話に戻ろう。国内よりも高く買ってくれるから海外にという発想は危険だ。長い目で見れば業界を壊し水産業衰退の一因にもなりかねない。もちろん輸出自体が悪いわけではない。「儲かるから輸出」ではなく「余りを有効活用して儲ける輸出」であるべきで、まずは国内市場の掘り起こしと国内消費の拡大が先だと思う。僕がホヤの養殖に携わっていた当時の仲間たちはいま国内消費の拡大に向けて日々努力を続けている。

 

氷見にも捨てられる魚も安い魚もたくさんある。決してまずいからではない。手間のかかる魚は現代のライフスタイルにはそぐわないのだ。かといって都市部のライフスタイルに合わせて魚の切り身を濃い味つけで真空パックに入れて売ることがゴールではない。それでは魚の魅力は伝わらず「だったら肉食べる」となって終わりだ。おそらく価値観そのものの大転換が必要なのだと思う。このチャレンジは僕の夢だ。途方もない話だが、手間を手間とせずに雑魚を扱うおじいちゃんと都会的ライフスタイルが染み付いた若者が共存している氷見では何かヒントが転がっている気がするのである。

 

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タイトルを「僕が魚を食べる理由」とした。ここまでつらつらと書いたことを考えて魚を食べているわけではない。僕が魚を食べる理由はとても単純で「面白い」からだ。この面白さを富山湾の魚で感じ、より多くの人と共感したくて氷見に来た。知らない人には教えようと思ったし、興味がない人にも興味を持ってもらう魔法を考えたかった。あれからまだ1年も経っていない。にもかかわらず僕は人間関係のしがらみとかパワーバランスとか派閥とか、そんなことを勝手に「できない理由」にして、氷見に来たときの思いなどすっかり忘れていた。自分の不甲斐なさに辟易するが、カブスの記事を書いてよかったと思う。任期は短い。つまらないことを言っている場合ではないのだ。もう一度氷見で夢を追いかけてみようと思う。