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氷見で獲れる四季折々の魚は200種類以上! 小型定置網漁で、偏らず獲りすぎず上手に海と付き合う


こちらの記事は、2016年3月19日(土)~22日(火)に、魚々座を中心とした街の中で行いました「氷見ローカルライト~氷見の物語を編む4日間~」で参加者によって書かれたコラム記事です。
※ライター紹介は記事最後にあります。

富山県氷見市といえば、寒ブリ。この寒ブリがどのように水揚げされているか知っていますか?定置網漁という、潮の流れを利用する漁法です。必要以上に獲りすぎず、単一ではなく多種多様な魚種を獲るこの方法は、豊かな海と長く付き合う秘訣です。日本全国のみならず、乱獲が深刻なタイにも氷見の漁師の支えで広がっています。氷見漁業協同組合理事であり、遠洋漁業の乗組員や県庁での仕事の経験もお持ちの浜谷忠さんは、タイや中米コスタリカの漁師たちに直にこの漁法を教えに行った一人です。漁師としてはちょっと変わった経験をもつ濱谷さんに、広い目で見た漁業や小型定置網漁についての想いを伺いました。

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 濱谷 忠(はまや ただし)氷見で生まれ育つ。20代は遠洋漁業でマグロ船に乗ったり、スペインやアフリカにタコを買い付けに行ったり。その後10年のサラリーマン生活を経て、氷見で小型定置網の漁師に。中米コスタリカやタイでの小型定置網漁の技術支援も行ってきた。現在72歳で、氷見漁業協同組合理事、氷見地区小型定置網協議会会長。

 

ホームシックになるから長い航海はきらい

富山県氷見市は、日本海に面し能登半島の付け根に位置します。寒ブリをはじめ、多様な魚が1年を通して水揚げされています。氷見で一般的に行われているのは、定置網漁と呼ばれるもので、潮の流れを利用して魚を網に誘導し、それをすくって獲る方法です。

氷見で生まれた濱谷さんは、水産高校を出て20歳で東京へ向かいます。水産会社に勤め、遠洋漁業でハワイ近海へ行くマグロ船に乗ったり、スペインやアフリカにタコやイカの買い付けに行ったりしました。

当時、大型船に乗るのは花形で、水産高校でもその訓練ばかりしていたので、大型船にあこがれて東京の水産会社に就職するのは自然な流れだったそうです。25歳のとき母親の具合が悪くなり故郷に呼び寄せられます。

実は濱谷さん、このときもう長い航海に出たくないとも思っていました。なぜなら、ホームシックになるから。

『日本が見えるところにいると、今だったら海に飛び込んで泳いだらまだ間に合うなと思っちゃう』

マグロ漁船に乗り込むと、日本が見えなくなるまで眠って過ごしていたそうです。海の男もホームシックになるとは驚きでした。

35歳のころ、小型定置網漁をやっていた父親のところで人手がなくなったので、一緒に漁を始めました。こうして37年になる濱谷さんの漁師生活が始まります。毎日家に帰れる定置網漁ならホームシックになる心配はありません。

image002きれいなイワシのお刺身

 

季節を感じる小型定置網漁

 定置網に入ってきた魚は自由に泳ぐことができるので、逃げていく魚もいます。実際に、網の中に入った魚のうち獲ることができるのは3割程度と言われています。少ないと感じるかもしれませんが、これが長く海と付き合う秘訣。乱獲せずに必要なぶんだけを頂くのです。

遠洋漁業など大型の漁をやっていた濱谷さんですが、小型定置漁をやり始めてだんだん愛着がわいてきました。氷見の小型定置網漁では年間通して200種類以上の魚が獲れます。季節ごとに違う魚が回遊してくるのがおもしろくなり、魚が来るのを待つようになったそうです。

『今度はあの魚がくるなと思って、来ないとがっかりしたり、待っていてしびれを切らしたり』

少しの変化に敏感になり、感覚的に季節の移り変わりや例年との違いがわかっていったのだそうです。氷見の小型定置網漁は越中式(氷見式)と呼ばれ、400年以上の歴史をもつもの。網を深く垂らしてなるべく多くの種類の魚をとる方法です。

越中式は、大きな網が必要になるので、お金は約3倍かかると言われていますが、そのぶん多種多様な魚が獲れて、単一種を狙う漁法よりも生活が安定するのです。

『負荷をかけ過ぎるとだめ。人間も無理すると病気になるのと同じ。適当なくらいがいい』

強制的に獲るのではなく、獲れたぶんがその日の恵みと考え、海に無理強いをしない方法と言えるのかもしれません。

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宇波浦に停まる「大岩丸」を前に、笑顔の濱谷さん

 

漁法は進化し続ける

マグロ漁船のように、一つの魚だけを獲ることに集中して金を儲けることばかりを考えるのはつまらないと濱谷さんは言います。

『どうしたらたくさん獲れるかを魚と相談しながら漁具を改良する。そのほうが面白い』

つねに漁師は改良をしているので、漁法は変化し続けています。どうやったら効率のいい漁具ができるかを研究して、たがいに教え合うための「小型定置網協議会」も20年前につくりました。

たとえば、もう一度海に返したい小さな魚は、網にかかると痛んだり衰弱してしまうので、一度生け簀にいれて体力を回復させてから放流したり、魚が傷つくから網の目を大きくしたり。資源と長く付き合うために、みんなで協力して実践してきました。

さぞかし、濱谷さんは多くの魚を食べてきたのだろうと誰もが思いますが、実はイカと鉄火巻しか食べません。

『いつも魚を獲っていると食べるのがかわいそうになるんだよね』

小型定置網漁を長く実践してきた濱谷さんですが、冷静な一面もあります。大型定置網漁の乗り子にくらべ収入が少ないこと、漁業者そのものが減ってきていることなどから、生活の手段として選ばれなくなるのは時代の流れかもしれないと考えています。

567奥に見えるのが立山連峰。その少し手前にうっすら見えるブイたちが定置網

 

小型定置網漁をコスタリカ、タイへ

濱谷さんは沿岸の乱獲が進んだ中米コスタリカやタイの漁師に、小型定置網漁を伝えることもしてきました。小型定置網漁が定着するためには、潮の流れや沿岸の海の深さなどいくつかの条件があることに加え、その国の人々がどういう魚を食べているかという食文化も大切です。

たとえば、コスタリカではアメリカに輸出するために、エビばかりを獲って他の魚を捨てていたので、沿岸がどんどん荒れていきました。多様な魚を食べる文化をつくりださなければ、いくら小型定置網漁を取り入れても長続きはしないのです。

 

技術支援を始めたころのタイは、日本に輸出するためにエビを獲りつくしていたために、沿岸にエビの姿はまったくなかったそうです。それでも今はなんとか定着して4つの定置網が張られています。

image006スペインに買い付けに行った20代のころは、デパートの女の子にも声をかけていたらしい

海は他国との関係や政治も大きく絡む場所なので、政変の多いタイではなかなか安心できません。定置網漁は広い海域を占用して、既存の漁業者の邪魔になってしまうので、周辺の国や漁師の理解をどうやって得るのかが一番苦労するところなのです。

それでも漁で暮らしを立てようとするタイ人を支えるため、濱谷さんは6年にわたりタイに通い続けました。何度も通って一緒に作業をしているのに、全然しゃべらずいつも黙々と仕事をする漁師がいたそうです。これで最後という日に、その漁師がミサンガをくれたときのことを濱谷さんは嬉しそうに教えてくれました。

『お世話になったけど貧乏で何もあげられないからってミサンガをくれた。そういう、いいこともあったね』

タイ語はしゃべれない濱谷さんですが、お互い漁で生活をしていく漁師として、技術を高めるという同じ目的をもっていたことで通じ合えていたのかもしれません。

image007今が旬!おいしいおいしいマイワシ

村張りは地域みんなが生きるためのセーフティーネット

氷見の定置網漁のなかに、村張りと呼ばれる仕組みがあります。戦後に始まったこの仕組みは、住民たちが平等に漁業権を得るためのもの。村のコミュニティ全体が定置網に出資し、住民が乗組員として従事するのが村張りです。

面白いのは、戦争を終えて富山に帰ってきた人たちが、次々に村張りの乗り子に立候補したとき、今でいう「ワークシェアリング」をしていたそうなのです。たとえば、100人で操業している定置網であれば、1日交代にして200人で漁をします。結果的に収入は半分になってしまいますが、飢えて死ぬ人はでないという仕組みです。

遠洋漁業であれば長期間沖にいて定員以上は働けないので、まさに沿岸漁業ならではのひらめきと言えるでしょう。

『この地域は、定置網をもとにして助け合って生活をしてきた歴史がある』

海の恵みはみんなのものであると考え、働き手が増えたらその分たくさん獲るのではなく、誰も飢えない方法を選ぶ。なるべく多くの住民が生活できるようにしていた村張りのワークシェアリングの考え方は、獲りすぎず多様な魚を獲る小型定置網漁の考え方にぴったり当てはまるように感じられます。

 

477小型定置網漁について語ってくれる濱谷さん

 

小型定置網漁は氷見の人たちの生き方そのもの

ここまでお話を伺って、小型定置網漁は氷見の人たちの生き方そのものだと思いました。単一魚種ではなく、多様な魚を獲れるこの漁法を続けてきた氷見の人たちは、村張りの精神に加え、この漁法で他国や他県と交流することで、他を排さず多様な人たちとともに生きています。

環境に負荷をかけすぎず、その日の恵みをみんなで分け合う暮らし。小型定置網漁がこうした氷見の人々の生き方をつくりだしたのでしょうか、それとも氷見の人々の生き方がこうした小型定置網漁をつくりだしたのでしょうか。

もちろん、漁民の減少や魚の値段の低下など漁村が抱える課題は簡単に解決できることではありません。それでも、漁業者は魚を獲ることだけに専念するのではなく、漁業が置かれている状況を理解していくべきだと、濱谷さんは教えてくれました。

『技術は進歩しなくてもいい。資源と魚と相談しながら技術改革していかないとだめだ』

濱谷さんのこの言葉に、小型定置網漁の精神を感じずにはいられませんでした。小型定置網漁の考え方から氷見の人々の生き方が見えてきます。

102宇波浦をじっと見つめる

 ライター紹介

yk柳島かなた

宮城県仙台市在住。東北の農村を日々駆け回り、喜怒哀楽むきだしで農家にぶつかっています。書くこと、しゃべることで自分自身が一つのメディアになることを目指しています。今回は、いつもと勝手の違う漁業のまち・氷見で、海と生きる濱谷さんと向き合い、全力で書き表しました。