969-1024x683

もうひとつの道


 

6月18日(土)ぼくは氷見で地魚料理店をオープンする。

 

このwebマガジン「カブス」はぼくにとって考えていることを一番素直に書ける場なので、ここを最初の発表の場にした。ただ店の宣伝をするのは本意でないので控えるが、ここではオープンを決めるまでの経緯と現在の心境を記しておきたい。

 

1日限りの魚料理店「ひみ定置網」

 

今年の2月に商店街にある蛇の目寿司さんの店をお借りして1日限りの魚料理店「ひみ定置網」を開店した。氷見の定置網で獲れるうまいのにあまり市場に出回らない魚を集めて氷見の人たちに食べてもらうという店だ。魚にうるさい氷見の人がどんな反応をするか不安もあったが、ふたをあければミシマオコゼやカナガシラといった魚をみな一様に楽しみ、あれよあれよという間にネタケースの魚はなくなってしまった。

 

12771555_950787181703953_2516805097406814584_o

 

氷見の人の魚好きを確信したぼくはこのイベントのレポートにこう記した。

 

「氷見にはもっと魚好きの居場所があっていい」

「魚好きの居場所を作りたい」

 

自然に出てきた言葉だった。これがきっかけでぼくは「店を開く」という決断をする。

 

 

日常と居場所を破壊したその先に

 

15年前ぼくは高校を辞めた。毎日学校に通うのが面倒になったのだ。その後アルバイトを転々とする生活を送るがどれも長続きはしない。根気がないといえばその通りで、とにかく反復と所属を極端に嫌っていた。日常と居場所を破壊したその先になにか光が見える気がしていたのだ。

 

これは「あの頃は若かった」的な話ではない。実は最近もこの感覚は変わっておらず、氷見にきたのも何かを求めて、所属していた研究室と魚を学んでいたあじろ定置網という日常から離れてみたのだ。

 

こうして日常と居場所を破壊してきたぼくから、「居場所を作りたい」という言葉はなぜ出てきたのだろうか。

 

2人の師に見たもうひとつの道

 

濱野功さんは氷見での魚の師匠だ。小学生のころから70歳を過ぎた今も網をあげ続けているベテラン漁師である。そんな功さんの手は指先がフックのように変形している。本人は「この方が女をひっかけやすい」とおどけるが、その手には長い歴史が詰まっている。

saza_410373967_771970942880508_2263634360375316774_n

 

功さんは未来のことをまるで過去のことのように話す。

 

「明日はあんまり魚入っとらん」

「年内はブリも来ん」

「もう少ししたら○○が入ってくるから」

 

「予想」とは少し違う、「知っている」といった方がしっくりくる感じだ。きっと功さんにとって、これから通る道は「知らない道」ではなく「また通る道」なのだと思う。

 

日常を破壊することでその先に光を探していたぼくは、ぼんやりとした直線的な道しか知らない。でも、何度も通ることでしっかりと踏み固められた円環するもうひとつの道がここにはあったのだ。

 

そんなことを考えていると氷見に来る前の出来事を思い出す。

 

品川であじろ定置網の開店に向けて準備を進めていたころ、東京での魚の師匠である西潟さんと品川の路地裏にある古びた居酒屋で酒を飲んでいたときのことだ。西潟さんは油とヤニで汚れた壁を指さして言った。

 

「このにおいがわかるか?これが落ち着くんだよ。あじろはまだきれいすぎて落ち着かないだろ。これから何年もかけて人のにおいが染みついて居心地のいい場所になるんだ。」

 

11416447_445230405637013_7722493402078719508_o

 

西潟さんは逗子で20年、地魚料理店を営んでいた。当時はピンときていなかったが西潟さんもまた、「繰り返す」というもうひとつの道を歩んでいる人だった。

 

「功さんや西潟さんのようになりたい。」

 

氷見での暮らしの中で強くそう思うようになった。それにはきっと繰り返す覚悟、つまり円環するもうひとつの道を歩むことが必要なのだと勝手に考えている。(西潟さんにはそれは違うと言われそうだが・・・)

 

「捨てる魚はない」「魚は拾い上げる愛情だけで商品になる」

 

新しくオープンする地魚料理店は朝に営業する。前回の記事にも書いたが、魚は朝食べるのが一番うまいとぼくが考えているからだ。

 

獲る漁業は不安定なものだ。これを無理やり消費者のライフスタイルに合わせようとすると本当の魚の面白さは伝わらない。望む人が魚と漁師の営みをリアルに感じられる店にしたい。

 

だからメニューは定置網に入った魚次第。有名な魚も名を知られていない魚も同じように扱う。仮にイワシしか入らなければイワシだけで営業するし、時化て漁に出られなければ店は休みだ。

 

「捨てる魚はない」 濱野功

 

「魚は拾い上げる愛情だけで商品になる」 西潟正人

 

どうなるかはまったく分からないが、師であるこの二人の言葉を掲げてぼくはこの場所で魚を伝えていくことを決めた。

そこが来る人にとって、漁師にとって、そしてぼくにとっての居心地のいい場所になればこれ以上の幸せはない。そのためにぼくは今まで歩いてきた道とは違うもうひとつの道を歩いてみようと思う。

 

氷見の定置網ではトビウオが夏の訪れを告げている。