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カブスゲストノート 2度目の氷見へ


8月の氷見はちゃんと暑かった。2月のローカルライトから、6か月ぶりに氷見へ。あのときは寒くてストーブをかき集めて、みんなで夜が更けるまで原稿を書いていたけれど、真夏の氷見は窓を開けっ放しにしていても暑かった。
前回氷見を訪れたのは、地方で書いて暮らすためにちょっとお勉強をするためだった。再訪したのはなぜかと言われると、また会いたい人がいたからと、もうちょっと氷見という土地を知りたかったから。2月は記事を書くために取材はしたものの、書くことに集中していたぶん、あんまり氷見を感じる時間がなかった。

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今日のお魚を丼の反時計まわりに教えていただいてる図

今回、インタビューをさせていただいた濱谷さんに再会し、自分で書いた記事を手渡しさせてもらった。その後の村張りについても話を聞くことができた。若い人たちが動き出して村張りは続いているようだ。あぁ、よかった。左座さんは売り物にはならないような魚をおいしく食べさせてくれる店を始めていた。ほかの地域おこし協力隊の方々もなにやら動いていた。当たり前だけれど、日々ものごとは動いている。というよりも、人が動かしているのだ。
再会もあれば、新しい出会いもたくさんあった。普段の旅なら帰りの電車で一人になった瞬間「さみしい」と思うのだが、実は今回は登場人物が多すぎてすこしほっとしたことは内緒にしておこう。氷見にはともかく人物が多いのだ。

初めて出会った「やきとり大五郎」。裏切らないおいしさと面白さでした。
初めて出会った「やきとり大五郎」。裏切らないおいしさと面白さでした。

今回出会った素潜りの得意な青年は、

『スーパーに並んだ魚に慣れている人は新鮮な魚を食べると「もっちりして味のない魚」って言うけど、小さいときからいつも新鮮な魚を食べてるから、おれはこれが好きだ』

と言っていた。慣れ親しんだ味が自分にとっての「おいしい」となる。それは、自分の「おいしい」と誰かの「おいしい」を比べたときに、はじめてわかるものなのであり、きみの「おいしい」は氷見で生まれ育った特権なのだよ、氷見産の「おいしい」なのだよ、と思った。そして、早起きして開店準備を手伝った左座さんのお店で、わたしもその「おいしい」を、しみじみ味わった。

どこへ行くにも、誰かに会うにも、わたしは2度目を大事にしている。1度目ではとりつくられていたものが見える気がするから。自分の価値観を崩す出会いなおしがあるから。新しい場所をどんどん訪ねるのもいいけれど、同じ場所や人と何度も出会いなおすことは、身の回りにある日常をおもしろく生きるということにもつながると思う。自分次第できっと何度でも出会いなおせる、誰とでもどことでも。

 

カブスゲストライター : Kanata Yanaghishima (宮城、会社員)