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〔氷見おんな酒場放浪記 vol.1〕魚に箸が進む酒を造るということ 髙澤龍一氏(株式会社髙澤酒造 代表取締役) (第2回 /全 たぶん3回)


 

私は某TV番組のファンである。
ここでは、番組に敬意を払いつつ、そんな酒場で誰かに少し話をしたくなるようなことを綴れればという思いで、このタイトルとした。

創業明治5年、髙澤酒造
七代目として蔵元 杜氏をされている高澤龍一さんは、この高澤家の長男として生まれ、どのように生活し、感じ、今の酒造りにつながるのか、私たちの知らない話がきっとあるはず。酒の造り手個人の歴史について、お酒を飲みながらお話をお伺いするシリーズのお一人目です。

 


 

酒造りをするべく生まれた高澤少年。
ちっとも造る気配のないまま、遂に氷見からの脱出に成功しました。

前回の記事(第1回はこちら

 

「日本酒ってこんなに美味しいのかってびっくりした」

東京での新生活が始まった。
全国を毎年20キロ歩いて旅をするサークルに加入し、1年生の夏は偶然、富山だった。
コースとしては、桜木町から出発し、岩瀬浜に歩いて行き、そこからずっと海沿いに魚津、黒部へと、てくてくと移動。立山青少年自然の家で一泊した後、富山地方鉄道に乗り上市へ。そこから二上山へとひたすら歩いて向かうという、約100キロを歩くコースで、キャンプしながら一週間かけて歩いたのだそう。富山県の土地勘をお持ちの方なら、間違いなく驚かれると思う。とっても歩けるとは思えないコースである。
この全国津々浦々と旅するサークルでは、農大生らしく、訪れる地方の農協にふらりと訪問し、地域の食文化に触れる機会も多かった。ちなみに、この旅では一日だけお酒を飲んでもいいというルールがあり、その日は昼間から飲み、夜はそれこそどんちゃん騒ぎで、当然盛り上がる。いろんなところに旅に行くので、自然と全国の地酒を飲むきっかけともなる場所であった。
と、ここで髙澤さんに学生時代のお酒は何党だったのか伺ってみた。
「大学生ときは、世界中のビールをよく飲んでましたね。あとはワインも少し。教授の部屋にたくさん美味しいものがおいてあるので、みんなでいろいろといただいていましたよ。」
どちらかというと、最初はビールやカクテルなどの軽い口当たりものを好んで飲まれていたそう。なんだか意外である。
そんなある日、杜氏さんに「ちょっと飲んでみな。」と、突然渡された日本酒があった。「一口飲んで、日本酒ってこんなに美味しいのかって本当にびっくりした!」と一瞬、髙澤さんは目をキラキラされた。
そのお酒こそ、能登杜氏四天王の一人、三盃幸一氏の吟醸であり、今も鮮明に記憶に残る、強烈なインパクトを髙澤さんに与える一口だった。

※能登杜氏四天王…「常きげん」の農口尚彦 杜氏、「満寿泉」の三盃幸一 杜氏、「天狗舞」の中三郎 杜氏、「開運」の波瀬正吉 杜氏の四名。(能登杜氏四天王が一人―鈴木酒店BLOG参照

 

「お前は日本酒に関わる研究をしなさい」

東京農業大学に進学し、三年目を迎えたある日、髙澤さんは、研究室の選択を迫られる。
日本の農学、発酵学の権威であり、東京農業大学名誉教授である小泉武夫研究室は、それはあまりにも当然であるが、一番人気の研究室であり、毎年希望する学生が殺到するため、優秀な学生が集中していた。

そして、髙澤青年の場合はというと、するりと難なく名門小泉研究室に入ることとなる。
研究室で小泉名誉教授から、「お前は酒蔵なんだから、日本酒に関わる研究をしなさい。」と声を掛けられた。髙澤さんはこのことがきっかけとなり、日本酒の苦み成分について、いくつか仮説を立て、小泉名誉教授の下で深く研究を始める。
程なくして大学三年生の12月、熊本県酒造研究所という酒蔵に二週間住み込みをし、本格的に日本酒造りについて学ぶ機会があった。ようやく、この頃から真剣に「酒造りをしたい」と感じるようになったとのこと。
ただ、どうしても田舎の氷見にはすぐに帰りたくはなかった。その頃、実家のお父様といえば、特に氷見に帰ってこいとも仰られなかったそう。
選択は、すべて髙澤さん本人に任せられていた。
よって、就職活動は、なるべく都会で日本酒が学べるところに限定して行ったそうだ。
結局、大阪の熊取町にあった『一等國』という小さな酒蔵の採用試験に合格し、髙澤さんの社会人生活が始まった。
この蔵は、20年以上前にも関わらず、冷蔵庫の中で季節を問わず日本酒を造っていた。この先進的な製法が刺激的で、毎日が楽しかったという。また遊ぶ暇もなく、酒造りをしていたので、失敗した部分をすぐに改良して造ることができ、酒造りを効率よく学ぶことのできる、貴重な場だったそうだ。
そして慌ただしく一年半が経ち、関西での新生活、造り手としての生活に少し慣れてきた頃、杜氏が病で倒れたと、実家のお父様から、緊急事態の連絡が入ったのである。

 

人に歴史ありです。
髙澤さんの生活はここから一変します。
ここからのストーリーは、また次回に綴ることとします。

 

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お話をお伺いしつつ、酒造の見学もさせていただきます。