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さかなを身につける、そんなちょっと未来の話


2016年の10月いっぱいまで展示されていた「纏(まと)うさかな展」。刺身や焼き魚、煮魚といったふうに「魚は食べ物」と誰もが思っているけれど、そうでなくても金魚や錦鯉、熱帯魚みたいに「魚は鑑賞するもの」だったりもするけれど、「身につけるもの」でもあるんですよ、という意味を込めたタイトルである。主に魚皮の革素材としての可能性について提示した小さな展示だ。

いくらキトキトだからって、身につけたらクサいでしょ?

「え?魚の皮を身につけるの?気持ち悪い!生臭いでしょ…」魚皮をテキスタイルの素材にというと、ほとんどの人は反射的にこう思うだろう。手で触っても魚の匂いがするからすぐに洗わないとならないし、履いたり着たり被ったりなんてとんでもない!一刻も早くゴミ箱へ入れなければ、となる。

 

ところが、正しくなめし加工された魚の「革」は、生臭くない。ほんのり革製品の匂いがするだけだ。新しいバッグや財布の、あの匂い。牛や豚や羊といった一般的な動物の革と同じような匂いだ。逆になめす前の動物の皮だって実際は腐敗もするし相当に獣臭い。革靴も財布もベルトもバッグも、自然に身につけていて「臭い」という発想にならないのは、単に皮革製品が私たちの身の周りにあふれていて見慣れており、食べ物という概念から切り離されているからにほかならない。

 

切り離せない「食」と「皮革」

現代の社会で皮革という素材が食と切り離されていると言っても、元をたどればほとんど人類が誕生した時から、食べることの副産物としてそこに残り、身につけるようになったものだ。植物で糸を紡いで繊維を織るという作業の複雑さに比べるとはるかに単純に、狩りをして肉を食べればそこにあったわけだ。「原始人」が石器の槍を持って洞窟に住み、輪切りにされた肉を火に焚べている時、着ている服は肩を出した毛皮…って言うイメージの通り。残った皮を例えばよく噛んだり植物の煙で燻したりしたら、腐りにくくなった!カチカチに干からびなくなった!ということころから、皮は身につけるものとして利用され始めたわけだ。そう、もともと食と皮革は切り離せるものではなかったのだ。

 

氷見が漁業のまちであり魚食のまちであることは、ひょっとして魚の皮革文化があっても何ら不思議なことではないのではないだろうか?と気がついてしまったのが、革を扱う靴職人「靴のつるが」の釣賀愛さんである。以来コツコツと魚皮を革として使うことに取り憑かれ、なめし技術の研究を続けている。その様子は本サイトでコラムとして連載されているのでそちらをご覧いただきたい。「纏(まと)うさかな展」ではこれまで釣賀さんのワークショップで制作されたサンダルに加え、3点の新作を出展いただいた。

 

和紙のようにも見える軽くて繊細なヒラメの革を使用した初めて歩く赤子のための小さな靴「ファーストシューズ」。それからラグジュアリーさを追求しタイの鱗のアクセサリーで飾った緋色のハイヒールサンダル「エカルラート」。そして、深いグリーンの前衛的とも言える「天馬靴」。分厚いソールは氷見の和船・天馬船をイメージし伊波の職人の手によるものだ。それぞれが強烈な個性を放つファッション性の高い靴で、これは一般に魚の皮と聞いた時に頭に浮かぶ、刺身だったり干物だったりのイメージを完全に払拭するものだ。

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敦賀さんによる新作。左から「ファーストシューズ」「天馬靴」「エルカラート」。

 

モードの新しい波、フィッシュレザー

このファッション性は今回の展示の見せ場として独自に企画されたものなのだが、リサーチをしていくと、国外、特に欧米のモード界では、この5年くらいの間で魚の皮が新しい素材として見直され、使われ来ていることが分かった。日本では全く注目されずに廃棄されている魚の皮は、氷見というローカルでのアクションと時を同じくして欧米のクリエイターの間で最新鋭の斬新な素材と捉えられている。新進のデザイナーはもとよりプラダ、ディオール、グッチ、フェラガモといったハイブランドやナイキ、プーマ、リーボックといったスポーツブランドが、エコでエレガントな素材としてこぞって取り入れ、製品を発表している。実際のファッションやプロダクトのイメージをこちら(Pinterest)に少し集めてみたので覗いてみてほしい。「これが魚!?」と思わないだろうか?魚市場やスーパーに横たわる魚のイメージとは完全に別物であることがご理解いただけるだろう。

 

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Pinterestに取り上げた魚皮を用いたファッション。

 

欧米のデザイナーやブランドに取り上げられている理由として、一つには魚皮の鱗の跡が蛇の皮のような独特の質感になっているという新奇さもある。一口に魚と言っても様々な種類があり、地域によってもまるで異なった魚種が用いられる。比較的よく用いられるのはサケ、パーチ、エイ、オオカミウオなどで、比較的大型のものがやはり素材として使いやすいようだ。氷見ではやはり大型のブリが適しているということになるのだろうか。魚種それぞれに異なった表皮を持ち、それがそのまま製品の特徴となる。イヤリングのような小さなアクセリーからインテリアまで、製品に対応する様々な大きさの鱗の質感が、バラエティ豊富な魚種から選ぶことできる。このページの上にある「天馬靴」を見ていただきたい。サイドの大きな鱗状の部分はタイの革で、つま先の部分はフクラギの革を用いており、異なる質感のコンビネーションとなっている。北方のオオカミウオなどはまるでヒョウ柄のような斑点模様のテキスタイルとなり、アマゾンのピラルクーは蛇やトカゲなどよりはるかに大きな鱗模様で相当に大胆な外観だ。見た目が変わっているだけではなく、魚種を選べば薄くしなやかで十分な強度もある、と言われている。

纏うさかな展から、魚種による質感や強度などの特徴を説明している。
「纏うさかな展」の展示。魚種による質感や強度などの特徴を説明している。

このような独特の質感に加えて、もう一つの注目されている要因は持続可能性である。「地球に優しいエコロジカルな素材」というわけで、ブランドとしてもエコを意識している方がクールだということを分かっているのだ。漁業生産高はここ30年で倍増し、年間で620万トンの魚皮が廃棄されている計算になる。(実際にはその多くが魚粉にされ、家畜や養殖魚の飼料として使われている。)牛も確かに、食用として使われた後に皮を残しているのだが、現在革製品の需要は非常に多くなってきており、価格も上昇傾向にある。このままでは、皮革は一部の富裕層のためのものになってしまうとも言われている。需要を緩和する意味でも、魚に注目が集まるのは当然のことなのかもしれない。

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毎年ものおびただしい量の魚の皮が廃棄され続けている。

筆者はすでに、サケの切り身についている皮を食べ物とは見なせなくなってしまっている。ベルトの一部みたいに見えてしまって、なんだか口にできないのだ。それは極端だとしても、実際に加工された魚革製品を見て、フィッシュレザー製のジャケットやシューズが普通になっているちょっと先の未来を想像してみてはいかがだろう。