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私は海が嫌いだった。   【新シリーズ:リレードキュメント『わたしと氷見の海』】


こんにちは、カブス編集室です。

「氷見の海から始まるWebマガジン - カブス」は、

海と山の魅力あふれる富山県氷見市から、食、くらしの知恵や技、環境、アート、民俗学など、多様な視点からのアクション(=地域活動)を発信するWebマガジン

です。

木造和舟や、魚の皮、タコやら塩やらみなさんいろんな活動をされていて、とてもおもしろいと思っています。
ただ、たまにはアクション(プロジェクトのレポートや目的)を発信するのではなく、それをしている自分のことについて内省してみてはどうか。
もしかして、この内省の中に自身の新しい活動や方向性を見つけることができたり、今悩んでいる他の人が現状を突き進むためにヒントがあるかもしれない。

具体的には、『わたしと氷見の海』というなんともエモく※なりそうなテーマで記事で書いてもらう、という企画を思いつきました。この企画がどれぐらい続くのか(なんか書いてる途中で恥ずかしくなりそうです)わかりませんが、やってみようと思っています。 そうだそうだ、やってみよー

(※「エモい」 :語源はemotional (感情・感動といった意味の英語)で、若者言葉でよく使われる)

最初に手を挙げてくれたのは、「金子キノコ」さん。

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太平洋側、静岡から夫について氷見に引っ越してきました(旦那さんとは静岡で出会い、静岡で結婚)。生まれたばかりの長男さんの世話をしながら、旦那さんと旦那さんの家族(4世代同居、7人家族(次男が生まれ現8人家族!))と、まったく知らない土地での生活が始まります。

6歳と4歳になるキノコヘアーのかわいい息子たちをいろんなところに引き連れ、いっつもおもしろいことを言っているキノコさんに、無茶振りで『わたしと氷見の海』をふってみたのでした。
さて、どんな内容になっているのでしょうか。

 


 

金子キノコです。

 

今回は『6歳息子の初めて記念日』ではなく、金子キノコとしての自分史を振り返ってみようと思い、筆を取らせていただきました。

 

タイトルは「私は海が嫌いだった。」とつけました。

実は海に入るのが子供の頃からあまり好きではなかったのです。

だってしょっぱいから。
だってベタベタするから。
という、しょうもない理由で嫌っていました。

学生の頃は調子にのってビキニなんぞ着て海に行ったりもしましたが、波打ち際でパシャパシャして写真パシャパシャ撮って終わりです。
基本パシャついて終わりです。

 

そのぐらい海との距離が遠かった私ですが、数年前から海に入る事、正確にいうと波に揺られる事が好きになりました。きっかけは、せっかく氷見に移り住んだのだからと子供を海で遊ばせようと連れてきた海水浴。
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子供は大はしゃぎ。海での遊び方なんて教えてないのに(というか私知らない)潜ったり砂で遊んだり貝を拾ったり。見ている親が羨ましくなる程、海を楽しんでいるのです。

そんなたくましい息子を見守りながら、ふと「肩まで浸かってみようか」という衝動に駆られて入ってみました。ちょうどその頃、悩み事で日々悶々としていて何も考えずにボーッとしたい気分だったのもあり、旦那さんに息子の子守りを任せて、肩まで浸かって波に身を任せてみました。

 

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何十年ぶりに肩まで浸かったのだろう。

久しぶりの海はやっぱりしょっぱかったけど、ふわふわと波に身を任せている行為が凄く凄く心地が良かったのです。

海ってこんなに気持ち良かったの?
海ってこんなに癒されるものだったの?

波に揺られるたびに、頭の中を支配していた悩み事がふわふわと軽くなるような感覚でした。

 

海嫌いだった私が、海は癒しのものとして私の生活に溶け込んだ瞬間でした。

 


 

今回はその海に癒された時に悩んでいた事に焦点を当てて、もう少し詳しく書かせていただきたいと思います。

私が氷見に来て、もうじき6年になります。UターンでもなくIターンでもない。強いて言うならYコース(嫁コース)として氷見に移住しました。旦那さんとの出会いは、私が生まれ育った故郷静岡に転勤で仕事に来ていた彼に出会いました。(馴れ初めはたいして面白くないので割愛)

彼との結婚の話しが進むにつれ「いずれ氷見に戻るつもりでいる。」と言われました。

その時は、(いずれと言っても60歳過ぎでしょ?セカンドライフが田舎暮らしも悪くないんじゃなーい?)っていう感じで超絶軽く考えていました。

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そして入籍、長男を妊娠しました。しかし、出産し10ヶ月ほど経ったある日、旦那さんが深刻そうな顔をして言ってくるのです。

「氷見に戻ろうと思う。」

えー?早くない?私「いずれ」って聞いてから後40年ぐらい静岡にいる気満々だったけど、いずれってこんなすぐな訳?

当時は軽く結婚詐欺にあったような気分でした。

乳飲み子を抱えながら頭の中が?でいっぱいで困惑している中、決意を固めた旦那さんの動きは早かった。
あれよあれよと言う間に、氷見行きが決定したのであります。忘れもしない2011年3月3日に私は氷見市民になりました。

あの時の氷見はどんよりとした鉛色の空で(今は安定の曇り空と呼んでいます)低気圧のせいなのか偏頭痛がひどくテンション低めのまま手続きをしていたのを覚えています。

 

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その後、すぐに起こったのが3.11の東北大震災でした。

私の故郷静岡も割と大きな揺れがあったり、兄弟も関東に住んでいたりと、不安で眠れない夜が続きました。私は離れた場所から、心配するメールをただ送る事しか出来ない。故郷の家族や友達と恐怖も不安も共感し合う事が出来ないという状態と、あの当時は日本全体が悲しみに包まれていた感覚が私のホームシックに拍車をかけたのでした。

「あぁ、私は故郷を捨てたのだ。」

そんな気分に苛まれていた日々をしばらく過ごしていました。

寝る前に電気を消すと自然と涙が溢れて布団の中で「帰りたい…」とすすり泣く日々。
環境が変わったせいか長男の夜泣きがひどく、何度も一緒に泣いていました。

長男と私の夜泣きに加え、常に偏頭痛に悩まされるというオプション付きで最初の2年ぐらいは氷見暮らしが全く楽しくありませんでした。居心地の悪さが常につきまとい、故郷に帰る事ばかりを考えていた気がします。

そんなモヤッとした日々を過ごしていく中で、ガツンと心に響く一冊の本のある言葉と、出会いをしました。

 

「時間の使い方は、そのままいのちの使い方。置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです。「こんなはずじゃなかった」と思う時にも、その状況の中で「咲く」努力をしてほしいのです。」

(「置かれた場所で咲きなさい」 著 渡辺和子)

 

本の中の一言一言が私のぐちゃぐちゃとしていた心を整理してくれたような感覚でした。

私はまだ氷見という場所を全く耕していない。
だから居心地が悪いのだ。
咲く為にも今は一生懸命に耕す時期なのだ。

そう思い、氷見での暮らし富山での暮らしを楽しもうと気持ちを切り替える努力を始めました。

 

あの時抱えていた苦しい気持ちをふわふわと楽にしてくれたのはこの本と、

そして冒頭でも登場した氷見の海だった訳です。

海嫌いだった私が海に救われたのです。
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一生懸命耕し、一生懸命種を蒔く。
そして氷見の海にふわふわと癒してもらい、氷見の海に学ばせてもらう。

それが、私が見つけた氷見での生き方なのです。

-おわり

 


 

カブス編集者 「どぅおー!エモい!思っていた以上に、エモくなりました。」
キノコさん 「…むふふ 」
カブス編集者 「(照れ笑いなのか、狙っているのか…)」

いつも元気でポジティブに見える彼女ですが、こんな経緯があったとは。でも彼女のように、たとえ望んで富山・氷見に来たわけでなくても、自分の考え方、環境との向き合い方で、人生は楽しくなるんだなあと改めて思いました。あ、たまにはいいですね、こんなカブスも。

 

さて、次は誰にしましょう、これはリレードキュメントです。

キノコさん 「先日の飲み会で、わたしにこの話をふってきた高野織衣さんにお願いしたいですー!」

というわけで、次回はヒミングの高野さんにふりたいとおもいます。 お楽しみに。